Together on Christmas
◾️今回クリスマスマーケットのテーマソングオファーを受けて、一番初めにどんなイメージが浮かびましたか。
街や夜景、人がたくさんいる景色を思い浮かべました。いろんな人たちの、いろんな人生が集まって、どんなクリスマスを迎えるんだろう、と。
家のオーディオでしっかり聴くのももちろん音楽だけど、街で流れてくる音楽や音って人生に深く関わってくると思うんです。僕の記憶にも残っているけれど、夏の海水浴場のスピーカーから流れてくる歌謡曲とか。その残像というか味わいというか、そういうのも音楽の力の一つになっている。なので、決して音響設備としてのクオリティがいいとか悪いとかではなく、街の小さなスピーカーからモノラルで聞こえても楽しい曲作りをしたいなと思いました。街を歩いている人の雰囲気を演出するイルミネーションのような感じに聴こえたらいいな、と。
◾️曲のポイントなどはありますか。
実はこの曲の元ネタはベートーベンの交響曲第5番『運命』と呼ばれる有名な曲の第4楽章のメロディなんです。もちろんそこから変形させていますが、最初のモチーフとしてこの曲が思い浮かんだんです。クラシックから歌謡曲まで、僕はこれまで聴いてきて好きだったメロディやハーモニーを自分の中でファイルしているんですが、その記憶の中から引き出して作曲をしています。
ベートーベンの第5番の第4楽章の雰囲気を残しつつ、現代的に生かし、クリスマスの感じをドッキングさせるといいんじゃないかなと思ったんです。
そして、この曲には実はモータウンの要素がたくさん入っているんです。クラシカルなメロディなんですが、1960年代から70年代くらいのアメリカの黒人音楽的なダンサブルなグルーヴを使っています。
◾️タイトルの「Together on Christmas」に込めた思いはなんですか。
正直に言うと23歳になる娘がつけたんです。最近、娘とか息子にタイトルを相談することがあって、特に娘のアイデアを採用することが多いんです。その彼女がつけたのが『Together on Christmas』。クリスマスに一緒にいる人は誰だろう。タイトルを聞いてピタッときました。
クリスマスマーケットに集う人たち、家族や友達同士、恋人たちのイメージが浮かんできました。
◾️葉加瀬さんはサウナや釣りがお好きと伺いましたが、作曲もそういう最中に浮かんだりするんですか。
作曲すると決めてからは、寝ても覚めても曲が出てくるまでずっと戦い続けているわけです。だから、サウナに入っていようが、新幹線に乗っていようが、ずっと考えています。突然降りてくるというよりも、考え抜いて何かきっかけを掴むという感じ。探しに行く旅です。
◾️今回はきっかけとして、ベートーベンの第5番にたどり着いたというわけですね。
そうなんです。ベートーベンの第5番はCマイナーで始まるんですが、彼の曲はいつも苦悩から歓喜へと流れていくんです。Cマイナーで始まったものが、最後Cメジャーで解放されるというのを思い出して。きっかけはベートーベンにいただいて、そこからは僕の曲にしていけばいい。
キーや和音は色や温度を持っているんです。例えば、山の曲を書こうと思うと、僕はいつもDメジャーから発想するんです。僕にとってDメジャーはグリーンなんです。海の曲ならGメジャー。青い、広いは僕にはソシレという音。それと同じように、街に人がいるというのはCメジャーのイメージなんです、なぜか。僕の曲でいうと『Another Sky』もCメジャーです。ちょっとあたたかくて、人と人という感じがする。
◾️クリスマスの曲は世の中にとても多いと思いますが、そんな中での作曲は難しくなかったですか。
先人たちの名曲が多いのでハードルが高いということでしょうね。越えようと思って越えられるものでもない。作曲をする時はどんなテーマであろうと難しさはあります。それをクリアしていくのが醍醐味でもあります。
年を重ねれば重ねるほど、お題が決まっていたり、制約がたくさんあったりすると楽しくなってくるんですよ。若い時は「勝手に作らせてくれ」っていう感じだったんですけれど、経験を積んでくると「なにか言ってくれた方が楽なんだけど」ってなってくる。今は頼まれて作曲し、それを自分が演奏しても、バンドのコンサートでやっても楽しい。若い頃は自分の内面にあるものを全部吐き出して曲を書いていた時期もあるんですが、それは今はあまり面白くなくて。
僕のスーツを作ってくださるテーラーがあって、すごく尊敬している人がいるんですが、その人のようにオーダーに合わせるけれど作る人の個性しか出ないという、そういう作曲ができたらいいなといつも思っています。
◾️以前のインタビューで「求められるものと、やりたいもののバランスを取るのがプロなんだ」とお話しされていましたが、今回の作曲に関してはそのバランスはどうでしたか。
バランスというよりも結局熱量なんですよね。自分の書きたいものと、自分が喜びを得られるものというのは比較的簡単と言えば簡単。自分の中から出てくるものですから。あとは曲を僕に書いてほしいと思われた方の熱量が大切。お仕事を受ける時に、その人のプレゼンが全てなんです。企画書だけで依頼されても、僕はイメージが浮かばない。だから「僕に書いて欲しいと言った人に会わせてください」って言うんです。曲についての具体的なアイデアをお持ちでなくてもいいので、会って話をする。そうすると、僕はその人に向けて書く。
今回のクリスマスマーケットのテーマソングオファーに関しては、とにかく担当者さんの熱ですね。強力だったんで(笑)。パソコンのラップトップを開いて、クリスマスマーケットへの愛を語られていた。
◾️葉加瀬さんにとってのクリスマスの思い出はありますか。
10歳のクリスマスの日、朝起きたら枕元に2000ページくらいの音楽辞典が置いてあった。『標準音楽辞典』というやつです。いろんな楽器や作曲家のことなど、音楽にまつわる全てのことが、あいうえお順に書かれている。その頃、僕はクラシック音楽に夢中だったので、親父が…というかサンタさんが(笑)置いてくれていた。
辞典なんで調べる本なんですけれど、僕は1ページ目から読み続けたんです。そこに僕の宇宙があった。学校の音楽じゃ絶対に教えてくれないマニアックなことを勉強するのがとにかく楽しかった。作曲家の誕生日や亡くなった日を覚えたり、何歳の時にこの曲を書いたんだな、とか。いまだに持っていますし、今でもしょっちゅう見ます。それまではバイオリンを弾いてることが楽しかったけれど、このクリスマスプレゼントをきっかけに音楽の深い世界にハマりましたね。
◾️4歳からバイオリンを始められて今年で50年。
8月にアルバムを出されましたが、葉加瀬さんにとってどういうアルバムになりましたか。
今回のアルバムのほとんどの曲が、このクリスマスマーケットのテーマソングのように、依頼があって書かせていただいた曲なんです。それぞれの曲のジャンルが違ったりもするので、レコーディングに突入する前にいささかの不安はあったんですけれど、曲順や曲間を決めて最後マスタリング作業をし、出来上がった瞬間「わぁ、すごいのできちゃったな」って(笑)。
若い時だともっと思い入れとかいっぱい入ってないと自信がなかったんでしょうけれど、さっき言ったテーラーの気持ちで作っていれば、なんら揺らぐことのない『葉加瀬の音楽』があると客観的に思いました。これは僕の気持ちだけではなくて、一緒に長くやってくれているスタッフみんなが「葉加瀬の音楽はこうやって作る」というのを共有してくれているから。そういうチーム力が強いと思います。
◾️この2年、コロナ禍でツアーの延期などがあったと思いますが、
音楽との向き合い方は変わったりしましたか。
コロナで突如としてスケジュールが空いて何をしたかというと、まず家のスタジオの整理とお掃除(笑)。CDが3〜4,000枚、LPも1,000枚くらいあるのを全部ABC順に並べたり。そうすると、大学の時に夢中になって聴いていた曲とか引っ張りだしてまた聴きだしたりする。そういう時間をわりと長く使ったんです。書き散らしている五線譜のアイデアメロディとかいっぱいあるんで、それをファイリングしてると、「お、これ使えるな」てのが出てきたり。
お客さんの前になかなか行けないっていうもどかしさはずっと抱えながらですが、自分の中のこれまでの音楽史みたいなものに向き合えた時間だったと思います。
時間なんですよね、やはり。なんでもそうだけど、エネルギーと時間が一番大切で、何事もさっさとやったものにロクなものはあんまりない。悩んだり、みんなであーだこーだやったりっていう、無駄な時間の意味みたいなものに今とても興味を持っています。お祭りもそうですけれど、人が作って、人が喜ぶものなんで、人の泥臭さみたいなものを残したい。時間をかけて意見を言い合うとか、そのエネルギーが一番魅力的なんじゃないのかなっていう気がするんです。
僕はコンサートをお祭りのつもりでいつも作っています。大学に入った時からずっと授業なんて受けないで、学園祭だけを作っていました。委員会と称して毎週金曜に朝まで飲んでただけなんだけど、その中で出てきたアイデアとか、その時の感覚みたいなものが、自分の糧となり肥やしとなっている気がします。今、バンドを引き連れて1年に100公演近いコンサートを行っているんですが、みんな僕のこと「座長」って呼ぶわけですよ。非常に土臭い世界に生きている。みんな食わせるために毎日コンサート頑張らなきゃなって。結局、人と人の熱っていうか、そういうものにしか面白いものってないんじゃないのかな。
◾️葉加瀬さんから見た福岡の街の魅力はなんでしょうか。
街の規模感もですが、人が正直な感じがするんです。僕は大阪人なんですが、大阪は商売人が多い街なので建前と本音が違ったりする(笑)。それに比べると、九州、特に博多の人は、もう少しストレートな感じがします。まっすぐで、喜怒哀楽も豊か。いずれは住んでみたいと思う街の一つです。
もう一つ、アジア諸国に近いということも魅力ですね。今後日本はどんどん開かれていかないといけないし、そういった時に福岡はキーになる場所だと思うんですよね。
あと、なにより空港から街が近い。福岡に来る時は空港からのアクセスがストレスフリー。正直いうと都会よりスムーズな感じがします。
◾️今回の『Togther on Christmas』をどんな風に聴いてもらいたいなどはありますか。
音楽の作用としては、街が美しく、楽しく見えたらいいなと思います。僕の幼少期の記憶をたどってみると、年末ホテルやデパートでクリスマス音楽がかかっていると気持ちが高揚していた。この曲を聴いてくれた人もそういう気持ちになってくれたら嬉しいですね。
Profile
葉加瀬太郎
ヴァイオリニスト/1968年1月23日 大阪府生まれ
1990年KRYZLER&KOMPANYのヴァイオリニストとしてデビュー。
セリーヌ・ディオンとの共演で世界的存在となる。
1996年にKRYZLER&KOMPANYを解散後、ソロでの活動を開始。
2002年、自身が音楽総監督を務めるレーベルHATSを設立。
2007年秋から、原点回帰をテーマにロンドンへ拠点を移す。
自身のコンサートツアーに於いてはワールドツアーや全都道府県ツアー、オーケストラコンサートツアーを行うなど、1年を通して100本近い公演を毎年休むことなく開催し、日本全国、そして世界に向け葉加瀬太郎の音楽を発信し続けている。
また、様々なジャンルのアーティストとのコラボレーションも数多く、年々支持層も拡大している。今後も公演を中心に多方面に活動の場を広げ、唯一無二、独自の世界を作り上げていく。
2022年4月1日付、東京藝術大学客員教授就任。
※本記事は、2022年11月 福岡クリスマスマーケットの公式パンフレットに掲載されたインタビュー記事を転載したものです。
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